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サーバントの考え方9  きっといつかは助けられ、報われる

こんなに一生懸命にやっているけれども、果たして意味があるのだろうか。

結局、何の変化もなく、やっていることが無駄になってしまうのではないだろうか。

自分を犠牲にすればするほど、ムダになったら…という思いが湧いてきます。

サーバントはそんなとき、どんな考え方をするのでしょうか。

花を咲かせようと思うなら

植物を育てるのは大変なことです。種を蒔き、水をやり、手入れをして育てていくと、やがて花が咲き、実がなります。

手もかかりますし、時間もかかります。

庭先で草花を育てるのであれば、自分でなんとかできることもたくさんあるでしょう。

山の木々を育てるともなれば、はるかに時間がかかります。人の手でコントロールできる要素も限られるでしょう。

計画の実現には時間が必要

人のためになることを計画して実現するのも同じです。

多くの手間を必要とします。

たくさんの人の関わりが求められます。

失敗や困難、さまざまなプロセスを経ることになるでしょう。

長い時間がかかって、ようやく実現に至ります。

本質的なことならなおさら

多くの人を巻き込み、社会を動かすほどのことを願うなら、もっと大変です。

実現までのプロセスははるかに複雑になるでしょう。

必要とされる協力も、リソースも、ひとりの人の手に負える範囲を越えます。

想像以上に長い時間がかかるでしょう。最初の世代で実現を見ることはないかもしれません。取り組みが継続し、人材が育つ中、次の世代、さらに続く世代のときに実現するかもしれません。

粘り強く、あきらめないで関わり続けることが求められます。

根気よく継続するために

よい働きの実現のためには、根気よく取り組むことが必要です。あきらめずに継続するために、サーバントは二つのことを心にとめます。

自分の限界を知る

ひとつめは、自分の限界です。

ひとりの力は限られています。

何もできないことはありませんが、すべてのことを完璧にすることはできません。

思った通りに現実を動かし、願った通りに人を助けることができたら、どんなにすばらしいでしょう。でも、そうはなりませんし、そうなることを期待するのも間違っています。

もし、自分が万能であると信じ込んで、理想を実現しようとすれば、自分自身を追い込むことになります。まわりに対しても、できない要求をすることになるでしょう。

自分一人ができることには限界がある、とわきまえるとき、現実的な取り組みとなります。それは、とても健全なことです。

よいことがもつ力を知る

ふたつめは、良いことがもつ力です。

種にはやがて実となるいのちが宿っています。長い過程を経て、条件が整えば、あらゆる逆境の中でも花を咲かせ、実をつけることができます。

同じように、サーバントが志として抱く良いことにも、それ自体にいのちがあり、力があります

すべてのことが完璧に整わなくても、良いことそのものに秘められた力が現実を動かします。良い取り組みであるゆえに人々の興味をひき、多くの人たちの協力を生み出し、具体的な取り組みにつながっていきます。

サーバントは、良いことを実現させる潜在的な力を信じます。

これが、希望を持って取り組み続ける秘訣です。

結局、最後は神だのみ

それにしても、私たちの手が及ばない、様々な外的な要因があります。

自分の行動については、努力して取り組むことができます。まわりの人も、力を合わせて協力することができます。良いことのもつ力が多くの人を巻き込み、知恵と力を集結してかなりのことを実現できるでしょう。

それでもなお、どうにもならないことがあります。私たちの範囲を越えた部分です。

「やるだけやったら、あとは祈るしかない」

祈りなんていうと、すべき努力もしないで神だのみかと思われるでしょうか。

力のない者が神にすがっていると笑うでしょうか。

ついにあきらめて運まかせかと嘆くでしょうか。

でも、とことん自分のできるすべてをやり尽くしたら、あとは祈るしかないというのがサーバントの率直な思いです。「人事を尽くして天命を待つ」というやつです。

あてになる神に祈る

祈るとき、空を見上げて願いごとをあてもなく言葉にするだけなら、虚しいことです。

「偶然でもなんでも、どうにかうまくいきますように」では、あまりにも心許ないものです。

祈りとは、世界を治めている大きな方に向かって、自分の想いと願いを遠慮なく呼びかけることです。その方は、空想の神ではなく、実存する生きた神です。

神は生きている

サーバントはこう信じます。

  • 目には見えないけれど、いまも現実世界を治めている神がおられること。
  • 神はすべての人のために良きものを与えようとされていること。
  • そのために志を与え、協力関係を備え、現実を動かしてよき業を実現されること。
  • すべてのことについて神が最終的な責任を負ってくださること。

これが、サーバントの確信であり、希望の源であり、原動力です。

神のドラマを信じて

森林は長い時間をかけて育てられます。成長する木もあれば、老いて枯れていく木もあります。毎日、かけがえのない生命のドラマが繰り広げられています。大きなものから小さなものまで、すべてが大切な役割を果たしながら、ひとつの森林として成長します。

私たちの歩みも、神の手の中にある森林のようです。

いつの日か、私たちの歩みが、豊かないのちのあふれる壮大な森林として、人々に憩いをもたらす日が来ますように。

まとめ

サーバントは、熱意を持って取り組むことが、一朝一夕には実現しないことを知っています。自分自身の力の限界もわきまえています。それでも、良い取り組みそのものがもつ力を信じ、その背後にある神の御手を信じて取り組み続けます。

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